宮崎口蹄疫異聞=中馬章一君への幻の檄文

公示直前に中馬章一君が平成221226日投票の宮崎県知事選の立候補を表明した。

県家畜保健所をはじめとする県職員の職務意識に大変疑問を感じて中馬君を応援しようと起案したのがこの案

文である。

選挙違反の怖れあり、とて幻の檄文となった。

当選した河野知事に期待したいのはトップの意を体して働く官僚の立場(それ故に口蹄疫で農水省にお叱りを

うける失政に手を貸すことになった)から、政治家になられたのだから県民に夢と希望をもたせてもらいたい

ことである。

「中央官庁のなかでも国家経営の中枢総務官僚を知事にいただいて良かった」「おお県庁が変った、職員の意

気込みが違う」

とそんな成果を期待したい。

どうせ他所者知事だ、いつまでいるか分からんものを適当にお茶を濁しておこうと庁内の綱紀が緩むことない

ように頼みたい。

 

宮崎県知事選挙では投票にいこう◆

 

我母校宮崎大宮高校の後輩が知事選に名乗りをあげた。

何が何でも知事にしたい。

身贔屓ではある。しかし、単なる身びいきではない。

第一  県政の2であり、口蹄疫被害拡大の、機能不全県政の責任者たる副知事が後継知事では県政が麻痺し

かねない。

口蹄疫では県職員が仕事をできないか、しないか、の如くみえる。

理由はこうだ。

私が宮崎地方裁判所平成22年()第522号、第784号で進行中の口蹄疫かかる裁判の証拠、国の口蹄疫対

策検証委員会報告書で、感じていることである。報告書は

 

初動対応に不十分なところが多く、10年前の発生で得られた教訓は生かされていなかった。

5頁

宮崎県と国に対する畜産農家の不信感を深め

7頁

家畜衛生保健所も十分な指導を行っていなかったと見られる。

8頁

宮崎県の畜産試験場(10例目)JA宮崎経済連(13例目)宮崎県家畜改良事業団(101例目)においても感染が確認され

た。

本来バイオセキュリテイーのレベルが高いはずのこうした施設でウイルスの侵入を許したとことを関係者は深刻

に受け止めなければならない。

9頁

宮崎県では、そうした最新の情報を十分に把握していなかった。このため初動対応などが遅れ被害も広げたと

考えられる。

10〜11頁

 

という表現で随所で県の怠慢を批判している。

かかる状況はトップの故意か過失か知らない。しかし、過失としてもあれだけの被害をもたらした県の責任は

追及されなければならない。その為には政権交替必須だ。

第二 は宮崎県民民族主義、である。

日韓併合が何故批判されるか。日本人が韓国人民の為に善政を施したか否かの問題ではない。異民族(同じモ

ンゴリアンだけどね)支配が批判されているのだ。

宮崎県以外の出身者に宮崎県を支配させてはならない。しかも、国から怠慢を指摘されている県政の責任者をだ。

宮崎県出身者で宮崎県政が運営されなければならない。

 

黒潮岸を洗い日の輝くところ、

秀峰を空を限り雲かけるところ

清風を森を流れ気の澄みたるところ

これは母校大宮高校校歌の一節である。

 

しかし、太平洋に面する柔らかな日射しと、霊峰高千穂の峰を頂く九州山脈の山懐の澄んだ空気、宮崎県に生

まれ育ったその喜びと誇りを県民ひとしなみに実感するところの筈である。

そんな情緒、感情を共有する同志と共に宮崎を創ろうではないか。

気持、感情を共有できない他県民の支配に服することno!である。

 

今亡びむとする宮崎の誇りと喜びの再生を賭けて、

相より相語らって投票を、そして投票権ある方々への働きかけを乞願う。



宮崎県出身者各位
昭和18年檍小学校入学

昭和23年宮崎市立大淀小学校卒業

昭和27年日向学院中学卒業

昭和30年県立宮崎大宮高校卒業

同年中央大学へ



 
































内野経一郎が宮崎好きの理由の一端

 

◆日向学院校歌のこと◆

 

日向学院校歌

作詞 赤波江 愛次郎

作曲 ヴィンセンシオ・チマッチ

 

明けゆく国と意気たかく      伸びゆく 我等若鳩の

虹なす文化今日もまた       求めて 飛ぶよ 朗らかに

学びて行かなもろともに    

 

久遠の理想胸に秘め        学びの山路踏破して

仰げばし 瑠璃の空       澄める 心よ 真澄 鏡

磨きて行かなもろともに

 

不滅の真理永久の幸        仰ぐ世紀のあけぼのに

己れに克ちて築き行く       平和の塔でゆるぎなき

忍びて行かなもろともに


我中学校の母校日向学院の校歌は作曲は校長は二代か三代のヨゼフ・フイグラ先生でチマッチ博士に直接のお

教えは受けていないが創立者チマッチ博士だし(一度だけ母校を訪ねられたことがありチマッチ氏の御教えに

と博士を讃える歓迎の歌で出迎えた記憶がある。)恩師赤波江愛次郎先生の作詞になる喜びあるも地域性を詠

わず人間的成長を語る。

宗教教団の経営らしいとみるか。

 

作詞の赤波江愛次郎先生はチョビ髭をたくわえた国語の先生であった。トボケた、そして味のある先生だった

。同級生でお勉強今イチの春海君の父君でもあられた。

彼は後に上智大学にすすみ母校上智に残って上智の名声を高からしめた。早世がおしまれる。

日向学院の校訓が「己を知り己に克て」であった。歌詞のなかにも文言が生かされている。あるとき赤波江先

生から「流行歌は人間を堕落させるから歌ってはならん」と注意をうけた。そのあと「もっとも“長崎の鐘”

などは別だが」と付け加えられた。

以来「この子を残して」の永井隆博士の物語と共に好きな歌として今ではカラオケですすめられるとこの曲「

長崎の鏡」は好きな歌で選んだりしている。

ついでに故赤波江春海君の思い出。「男児3日見ざれば括目すべし」というコトバがある。女がやたら変化して

も子供が戸惑うばかりかもしれない。女は安定が大切か。

しかし男は常に成長を求めているので3日もあれば人が違ったように成長するそうだ。鼻ったれ小僧も20年もす

れば別人だ。まして
30年では。

赤波江春海君も後に上智大にすすみ神父として副校長とし辣腕をふるったらしい。

「上智はなんであんなに評価高くなったんだ」ときいたら「俺が運動部の諸君と語らってゲバ学生を追放した

ので企業が安心して採用するようになったからだ。」といっていた。その少し以前から上智の評価が高くなっ

たような気もするが。彼の功績もあったろう。

当時ゲバ学生の弁護をした身として、その頃のことを、そして中学時代のこと、父君のこと、など昔話をした

いのに早世して語り得ないのが残念だ。









◆大宮校歌のこと◆

 

宮崎県立宮崎大宮高等学校校歌

作詞 長 嶺  宏

作曲 園 山 民平

 

黒潮岸をあらひ日の輝くところ     若き命はここに育つ

真理を探り夢は花咲く         あゝ あゝ 永遠の星座

大宮 大宮 大宮           我等が学園

 

秀峰空をかぎり雲かけるところ     清き心はここに芽ぐむ

美に憧れ 胸は波うつ         あゝ あゝ 親愛の星座

大宮 大宮 大宮           我等が学園

 

清風森を流れ気のすみたるところ    強き体をここに鍛ふ

善を行なひ力溢る           あゝ あゝ 栄光の星座

大宮 大宮 大宮           我等が学園

 

 

他方高等学校の母校宮崎大宮高校は前身宮崎中学校の誇りを引継いで地域に育つ喜びと誇りを語りかける。

県民それぞれの母校の校歌への感動があろうが「宮崎大好き人間」としては大宮高校の校歌大好きである。

 

作曲の園山民平先生のご子息園山謙二先生が1年生のクラス担任であった。流行歌など聴くに足りないと思う

だろうし私もそう思う。しかし、戦地で行軍に疲れ果てきく誰か故郷を思はざるは泣けてと涙が止まらなかっ

た。流行歌といって一概に否定するものではない、聴く時、所、状況では心に訴えかけるものがあると話され

たことを思い出す。また先生が県の文化賞を授与されたとき故曽根弘陽が「先生記念に一曲弾いてきかせて下

さい」と促した。ピアノを弾いてもらうその発想が凄いと思った。大人の風格であった。

付属(宮崎大学付属中学)から来た奴は人間の底力が大きいと圧倒された。今、思い出にも感激がよみがえる。

 

先生はハチヤトリヤンの火祭の踊りといって弾いて下さった記憶だが感激のあまりその曲の覚えているメロデ

ィーを妻に伝えたところハチトリヤンではあるが「剣の舞」とのこと。

髪をふり乱して一心不乱にピアノを弾かれる先生が神々しくみえた。

ついでに音楽。痩せぎすのおばあさん先生で確か池田先生といった。迫力ある澄んだ声で「楽に寄す」「静け

く流れる調べ」とシューベルトを歌はされたのが初めてのこと。次が「空澄み心澄み」と「ドリゴのセレナー

デ」だったらしい。

先生が歌うように歌えと言われても僕も皆も思うように声が出せない曲についてゆけない。そうすると金切り

声で叱られる。歌うのは気持ちよいが歌とは難しいものだった。

家に帰って思い出して歌おうとしても歌えずに劣等感に苛まされた。唯ある時、上月武志君が「家に帰って復

習しても思い出せない俺は頭が悪いっちゃが」というのを聞いて天才上月にして上手くいかないものを俺が出

来なくて当たり前か、と妙に納得し安心した。勿論歌まで復習する上月君の真面目さへの尊敬の念を強くしな

がら。

 

 





所感: 大宮高校校歌

昔、旧友を懐かしみ、匿名で友人を呼んでおいてその場に早稲田の校歌を流して若き日の感動を共にするとい

う物語を読んだことがあった。それを読んだ時この物語を真似て「黒潮岸を洗い、日の輝くところ」という 

大好きな大宮高校校歌をテーマにしていつの日か、旧友を驚かし感激を共にするお芝居をうってみたいと思っ

たがそれも叶いそうにない。それにしてもこの校歌をどこかで生かしたい。

平成23年 3月3日