カラスの巣のこと

平成25416

経一郎

 

家の前の区の施設が昔黄檗流 普茶料理の料亭「ほととぎす」の跡地で料亭時代の高木を少しばかり残してくれている。おかげでその高木にこの時期カラスが巣をつくる。

 

物干し用の「針金のえもんかけ」に下着ををつるして干しておくと、格好の巣の材料らしく例年のことながら下着を落として「針金のえもんかけ」をカラスが盗んでゆくのだそうだ。

洗濯物が太陽の恵みに浴することはないが,この時期網戸の内側に洗濯物を干すとカラスに盗られることはない、と妻はカラスにいじわるをしてやったりの気分で気分が晴れたかの如き風情である。

 

昔近くの部屋に住んでいたおふくろが巣作りのこの時期に木の下を通るとカラスに頭をつかれて痛いといって帽子をかぶって家に食事に来ていた。

巣の下を通る人間を用心して襲うらしいというのだが,男の私や女でもまだ「若かった?」妻は襲わず年老いた母を狙うところなどカラスの方が先ずは人間に意地悪をしていたようでもある。唯母は歩き疲れて高木の下で休むのでカラスはそれを恐れたようでもあったとのこと。

母が「カラスが怖い」というので妻が「カラスの巣を撤去してくれ」と保健所に頼んだところ電話を野鳥の会かなんかに廻され結局、野鳥の会で「カラスを飼うわけにはゆかない」と叱られておしまいだろうとのことであった。

 

ベーコンのおいしい作り方を教わり大きめの豚肉の塊を天日に干しておいたところ、ちょっとの油断でカラスに持ってゆかれたのが口惜しかった。などと今もって言うところをみる、そんな恨みもあってか「えもんかけ」を盗ませないことはカラスとのささやかな攻防戦に勝った気分を味わっているようだ。

 

「カラスなぜ鳴くの」と明るく、童謡で歌った記憶はある。「髪はカラスの濡れ羽色」と女性の美しさを形容することもある。しかし、夕暮れになってカラスの鳴き声は淋しかったり悲しかったり何となく怖かったり、とくに親のいないときなどその思いを募らせまたどことなく黒一色その容貌と鳴き声から不気味でさえあった。

カラスは不吉な鳥とみられて総じて良い印象の鳥ではない。

 

しかし、失われた東京の自然の中に残るわずかな故郷を偲ぶよすがカラスのような気もする。鉄とコンクリートのなか荒みかねない心に妻のえもんかけ攻防戦に自然を感じたりしている。