法律学楽想

法律学楽想表紙 書名 法律学楽想(たのしそう
著者 内野経一郎
発行所 中央大学出版部
2000年12月8日 初版第1刷発行
頒価 1800円(税込)


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まえがき

 『法律学楽想』(たのしそう、らくそう、{がくそう}は深読み)と名付けたこの小文は、事務所見学に来てくれた修習生に「当事務所での仕事はこんなことになる」とおしゃべりした失敗談や自慢話のメモなどをつぎ足し、書き足し、書きためたものである。そうこうしているうちに四男も法学部に入学してその友人が家に来るので、晩めしの折などに「お説教」をきいてもらったものを書き足して、書きためた修習生目的の弁護士心得が拡散して、とりとめもない法律学入門の雑話になってしまった。

 弁護士には金持ちもいれば貧乏人もいる。多様化、専門化して横文字しか読んでない人、法廷に出たことのない人、特許しか考えない人、地域の法律相談に寧日ない人等色々であろう。又天才型・秀才型・凡才型、狩猟民族型・農耕民族型、西洋医学型・東洋医学型、その他色んな色分けもできよう。
 これは、ここで語りかける弁護士は、凡にして鈍才型、土着農耕民族型、東洋医学型、の勤務弁護士、秘書、書生(事務職員)で、「揉めごと萬承り所」と古ぼけた看板を掲げ、くたびれた鞄だきしめて足をひきずって裁判所通いしていて、歌の科白ではないが「女房子供に手を焼きながら」もやっとこ生きている市井の一貧乏弁護士の日常の所感からする弁護士の処方箋でもある。

 高校のとき柔道をはじめてチームメイト松尾弘志(現渡辺姓、宮崎県警OB)の肉体的力強さ、運動神経反応の速さ、正確さ、勘の鋭さ、その総合としての技の美しさに見とれて、努力の前にその資質の必要を痛感したものである。彼が高校時代のチームメイトでなかったならば、自惚れて大学で「全日本柔道選手権」を目指して柔道に励んだかもしれない。
 長じて研修所以来、同僚法曹の持つ膨大な量の知識、記憶をそれも正確に容れる記憶力、高速回転の読書力、事態の構成力、認識の感性の鋭さに美意識を感じる。天才、秀才のなかにあって、時に絶望感をもったこともあったが柔道と違って此度はパンにありつかなければならない。「俺、弁護士の器じゃない」と思いながらも離れるわけにもゆかず今日にいたった。
 
 大上段に依頼者に仕える、などと説いているが、我が事務所の仁平志奈子弁護士など、私仕事の愚痴をこぼそうものなら「先生、これがやりたくて試験に(四年間も)御苦労なさったんでしょう。お仕事が楽しくておられるのではないのですか」と仰言る。「自分がやりたいことを楽しくやるのが人生でしょう」といって気張らずに軽やかに日常の業務をこなしていて、それが即ち弁護士の道に叶っている。他の天才君、秀才君もおおむね然らんと思う。そんな意味ではこれは凡才、鈍才に捧げる書でもある。
 今日まで生かしていただきお世話になってきた法律と法律学への私の讃歌であり、感謝状であり、生活反省文である。
 この文章、思いつきを何年も書きためたものである。かねてから「本を書く」と宣言して、思いついては書き足したり、削ったりしているのを横目に妻は「(本なんか)出来やしないわヨ、死ぬまでそうやって書いていたら」と申します。そうです。本なんか出来ません。本なんかにはなっていません。死ぬまで書き続け、何時の日か「本」になるよう独善を改めたく大方の批判に曝さんと、印刷に付してみた。
 天才の文に慣れ親しんでいる諸君には浅学菲才の所感として切れ味にぶく美しくないどころか、読むに堪えなかろう。唯、書きかけの原稿を読んで「面白い」、「勉強にアキたときに読むとやる気になります」と励ましてくれる法学部学生(四男友人)もあった。
 一読賜り、先輩、同輩、後輩諸君、そして司法を外から観られる方々の批判を得て、死ぬまで書き続け、自分の思考や生活の軌道修正につとめ、以後何ぼかましな弁護士生活を送りたいものと大方の批判・教示を乞う次第である。

平成十二年十月

内野経一郎