平井眼科医院閉院のこと

かかりつけの眼科医院が閉院になりました。

添付したのは平井先生への感謝状で私の最終診療の712日にお届けしたものです。

「我行末」を思い寂寥感なきにしもあらずです。

                                           

 


平井廊先生 御引退に際して一患者より感謝のメッセージ

                               平成18年7月4日

 先生が7月15日をもって平井眼科医院をお閉じになります由、長年に亘り治療をしていただいて安心して生活できましたこと心より感謝いたします。
先生が「診療」から開放されて、それに勝る価値ある生活により、より豊かな人生を送られますこと心から祈念いたします。

中野に移住して三十五年になりますから、先生にお世話になって三十年以上かと思います。
時々、強烈な目痛と頭痛に悩まされ、名医の評判をきいて都内の病院や眼科を訪ね歩いたのですが、視野狭窄症であるとか、色んな病名をつけられても一向に治癒いたしませんでした。

あるとき家にいて眼に居てもたってもいられない身の置き所のない痛みに襲われ、かねて眼科のあったことを知ってはいても、その「店構え」から「こんなところでは頼りになるまい」と敬遠していた平井眼科医院に緊急避難的なつもりで飛び込みました。
結果はあら不思議、その場で痛みがスッと消え、びっくり仰天いたしました。
恐る恐る病名をお伺いしたところ、アレルギー性結膜炎とのことでありました。
田舎に帰っての囲炉裏の煙では痛くならない目が煙草の煙に接すると激痛が走っていました。
宮崎・鹿児島の田舎に帰ると目が楽で東京へ帰ると目が痛くなり、空気のせいかなとも考えてもおりました。

先生が御引退されるので目が痛いときはどうしよう、と心細い思いであります。
自分を取り巻く大切な生活システムが一つ失われることになります。
先生の御引退によって自分の現在の生活が多くの人々によって支えられていることを痛切に感じております。

先生のお持ちの技術のほんの一部で私や近隣の人たちがどんなに救われたことか。
先生の人間的力量の総体全部が社会に活用されたならば、わが国社会の進展に飛躍的な裨益をしたであろうと想像いたします。そんな方が街で埋もれていることの「勿体無さ」を感じたり、そんな贅沢をしているわが国の豊かさを感じたりしております。

先生は大正六年のお生れとお伺いいたしました。先生のお年まで私はあと二十年あります。
私が先生に感謝して人生を送ってきたように、私の依頼者の一人でも二人でも「内野がいて生活システムとして役に立ち、豊かであった」と言ってもらえるよう健康の維持と自己研鑚を怠らないよう、頭が高いことを承知で、先生をお手本に努力してゆきたいと思います。
先生ありがとうございました。

平成18年8月2日公開